2日前の2012年7月27日に行われた、ロンドン五輪の開会式は成功と呼んで良いだろう。開会式は開催都市そして開催国にとって、五輪の開催は何を意味するのか、世界に発信する機会。ロンドンはすでに世界有数の都市としての立場を揺るぎないものとしているし、都市の総合的再開発を目的としたわけでもないし、英国は特に国威発揚の機会を窺っていたわけでもない。そのため、中には、五輪はロンドンにとっては、リスクが大きいという意見があった。なぜならば、成功してもロンドンの世界都市としての地位がさして上がることはないが、逆に五輪が失敗に終わったり、あるいはシドニーや北京と比べてかなり劣ったならば、ロンドンの印象が悪くなるだろうから。無事に開会式が終わり、なかなか良い演出だったこともあり、ムードもかなり良くなっている。
開会式の演出の監督を務めたダニー・ボイル氏は、この大会は標語である Inspire a generation そして多くの世代や人種のボランティアを中心に参画型の五輪を強調したのではないだろうか。少なくとも、開会式をテレビで観た限りでは、そのように思えた。さて Inspire a generation をどのように和訳するのか、興味のあるところ。このようなスローガンを訳すのは、翻訳者よりもコピーライターの仕事。個人的には陳腐な表現かもしれないが「次世代に夢を」とでも訳すだろうか。そのため、開会式には多くの子供や若者が中心となっていたし、最終点火者は過去に活躍した有名なスポーツ選手ではなく、ほぼ無名の若手選手が7人だったことからしても推し量ることができる。この五輪に参加したり、観たりすることで、スポーツだけではなく、いろいろなことに挑戦する若者が増えることを願っているというメッセージが伝わってきた。
また、開会式は英国とはどのような国なのかを、内外に示す機会だった。対外的には、有名人をよく利用した。これは、007やMrビーンが登場したり、最後にはポール・マッカートニー氏が開会式を締めくくったということでもわかる。007やMrビーンが出たのは、英国らしく諧謔を効かせていた演出でもあった。いろいろな見方があるだろうが、それくらいのジョークを織り混ぜることができるのは、それなりに自信があってのこと。しかし、女王があのような演出に合意するとは⋯⋯正直に言ってかなり驚いた。中には本当に女王がヘリプターから飛び降りたと思った人がいるらしいので、その点でも成功だろう。また『ハリー・ポッター』の作者のJ・K・ローリング氏が読み聞かせを行ったり、ここ数十年の音楽をメドレーで流したりと、英国は世界の多くの人々にとって身近な存在であるというアピールがあったのかもしれない。
英国向けのメッセージをは何だっただろうか。開会式の第一部は英国の近代化を圧縮したように見えた。それも、その負の部分をあまり隠そうともせずに。しかし、それは歴史の負の部分や危機を乗り越えてきたという意味もあった。第二部では、現在の英国らしさを示すために、国民保健サービス(NHS)をボイル監督は選んだ。NHSは英国民の多くにとっては誇るべき存在であり、英国の象徴でもある。そしてNHSには献身的な医療従事者が多くいるということは、この大会にボランティアとして参加する多くの人々の姿と重なったような気もする。個人的に印象に残ったのは、各国選手団入場前の賛美歌とダンス。これは、ロンドン開催が決まった翌日2005年7月7日に起きたテロ事件の犠牲者の悼む意味合いがあった。
この開会式は、人それぞれ、違う場面や箇所が記憶に残るだろう。大会は始まり、これからはスポーツの場で、いろいろなドラマが展開される。