今日英国では選挙制度変更の是非を問う国民投票、スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの各議会、北アイルランド地方自治体、そしてイングランドの一部地方の市長選挙や地方自治体選挙の投票が行われている。また連合王国議会の補欠選挙も一選挙区にて実施されている。昨年に発足した保守党・自由民主党の連立政権が初めて迎える本格的な選挙。しかし、連合王国の2大1中政党の保守・労働・自由民主の各党の党勢を占うのにはあまり向いていない。
国民投票
成婚式やビン=ラーディン容疑者の死という大きなニュースがあったためか、国家の基本となるような事柄にあるにもかかわらず、あまり注目もされていないのが選挙制度変更の是非を問う国民投票。現在の連合王国議会の議席は全席単純小選挙区制。つまり選挙区内で一番得票した者がその選挙区から選出される。これは英語では first-past-the-post (FPTP) と呼ばれる。ちなみに、この post は競馬のゴール板を意味する。つまり最初にゴール板に達した馬ならぬ候補が選出されるということ。
単純小選挙区制の一番大きな弊害は死票の多さと大きな政党に有利に働くということだろうか。そのため、この FPTP から alternative vote (AV) に選挙制度を変えるか否かが国民に問われている。AV とは小選挙区の中で当選してほしい順に1・2・3と投票用紙に書き込む。まず1位投票が一番少ない候補が落選し、その候補を1位とした有権者の2位の票が数えられ、他の候補に渡る。一候補が50%+1票を得るまでどんどん下位の候補者が振るい落とされる制度。
個人的にはあまり大差がないにように思える。もし AV に移行したとしても、結局連合王国議会は一人区の小選挙区で選ばれるから。確かに一定した支持層がある政党よりも、幅広い支持を得られる政党の方が有利になるだろう。もっとも、この国民投票は本格的な比例代表制度移行への前哨戦と見るべきと考えている。死票の多さもあるが、「戦略的投票」という消極的な支持も現在の制度では多い。積極的にある候補者を支持するというよりも、当選して欲しくない候補の最も有力な対抗馬に投票することがある。もし AV が導入されれば、多くの人々が実際に支持する候補者に1位投票を行うだろう。そうすれば、より民意を反映する何らかの比例代表制を導入すべきという論が強まるはず。
現在連立を組んでいる保守党は現状維持で AV 反対の立場、一方自由民主党は AV 導入賛成で、連立に軋みが出ているという見方もある。もともとこの国民投票は、全国的に一定した支持を得るものの、得票率に対して議席獲得数が少ない自由民主党が連立に合意する一条件だった。野党の労働党は割れていて、反対する議員が多くいるが、ミリバンド党首は賛成に回っている。
スコットランド・ウェールズ・北アイルランド
連合王国を形成するイングランド以外の「国」には、広範な自治権を行使する議会が存在する。スコットランドとウェールズでは小選挙区比例代表連用制が用いられている。スコットランドの場合、議会の定数は129議席で、73議席が小選挙区、8ブロック56議席が比例代表で選ばれる。議席配分はドント式を用いている。比例代表ブロックの議席は(比例代表ブロック得票数)/(ブロック内の小選挙区獲得議席数+比例代表獲得議席数+1)で得票数の多い順に配分される。ウェールズは定数60で、小選挙区40に5ブロック20議席が比例代表。北アイルランドでは108議席で6人区という中選挙区で「単記移譲式投票制度」あるいは「優先順位記述投票」と訳されている single transferable vote (STV) が用いられている。この STV については『2007年英国選挙』のこちらの部分にて説明。
スコットランドではスコットランド国民党 (SNP) の少数政権、ウェールズでは労働党とウェールズの党 (Paid Cymru) の連立政権がこれまで政権の座にあった。また、北アイルランドは独自の政党があり、プロテスタント系で連合王国との結びつきを強調する王党派の政党、カトリック系の国民派あるいは民族派の政党、そして宗教と民族の溝を超えようとする政党が幾つも存在する。つまりロンドン・ウェストミンスターにある連合王国議会とは全く違うため、スコットランドとウェールズの結果で連合王国全体の政党の支持を必ずしも占うことはできない。
しかし、連合王国全体の観点から次の2点は重要視されるだろう。まず自由民主党の支持がどれだけ落ちたか。保守党との連立は自由民主党を支持する中道左派・リベラル層には受けが悪い。また総選挙前は非常に高い人気を誇ったクレッグ副首相の支持もかなり落ちている。そして連合王国でもスコットランドでも野党の立場の労働党に党勢回復の兆しが見られるかどうか。ミリバンド党首にとっても最初の選挙。そのため、メディアではいろいろと分析されるだろう。