英国民は現在、政治家の汚職に対し、落胆し怒っている。そして英国内では政治不信が広がっている。この数週間、英国議会制民主主義を揺るがしているスキャンダルは、国会議員に支出される経費 (expenses) の不正使用。
国会付近に宿舎がなく、選挙区と国会議事堂のあるウェストミンスター2カ所に拠点が必要なため、国会議員は家賃やローン返済の補助、または家具など住居環境の改善のための出費を経費として計上し、国会から金銭を受領することができる。この制度は ACA (Additional costs allowance) と呼ばれ、second home つまり「副住居」に適用される。これが悪用されていたことが発覚し、大問題となっている。
まず副住居の不動産ローンを返済したのにもかかわらず、出費を「ローン返済」と記載し、経費を受け取った国会議員が数人いる。これには詐欺罪が適用されるかもしれず、現職国会議員が逮捕され刑事事件に発展する可能性がある。ローン返済は「うっかり」忘れるようなことではないはずなので、ローンは残っているのに不動産価値が下がりつつある状況にいる英国民の怒りはもっとも。
地元選挙区そしてロンドンから遠く離れた家を「副住居」として、家の修理費などを請求した議員のケースもある。国会議員として必要な経費ではなく、あくまでも私事が優先されたのに、公費が支出されたことに、英国民の多くが納得できない。
また「主住居」と「副住居」を、国会と税務局に別々に申告して、資本利得税 (capital gains tax) を支払わなかった国会議員が数名。これは税制上「主住居」を売却した場合は資本利得税が免除されるため、税務署にはある物件を「主住居」として、公費を受け取るため同じ住居を「副住居」とした場合の事を指す。これは違法ではないらしいが、どう考えてもすれすれだろう。
不動産を2軒以上保有する議員が、「副住居」として申告する物件を次から次にかえる flipping という手法で、できるだけ多額の経費を受け取った例もある。税金で賄われた経費で、改築したり修繕したりして物件の価値を高め、売却したということ。これも国会議員が税金を使って、自分の利益のみ追求したと思われている。
この他には首を傾げたくなるような出費がたくさんある。たとえばお堀のある家の持ち主の国会議員は、堀の掃除代を計上したり、また違う国会議員は庭園のために550袋の馬糞が必要経費だったと申告したり、税金公費の無駄遣いでなければ笑えるかもしれないような申請が暴露されている。いくらユーモアある国民だって、堀掃除や馬糞に金を出したいとは思わない。
不正経費の改革を阻んだとして、国会議員の信任を失いつつあった下院議長は、今月21日をもって職を辞することを先月表明した。「前代未聞」とは言わなくても、ここ300年ほど、下院議長が辞任に追い込まれるような事態はなく、異常な雰囲気が国会を覆っている。「そのうち、国会議員の自殺者が出る」というブログ記事を書いた議員もいるほど。
違法合法かかわらず不正な申告をした国会議員の中には、選挙区から突き上げで次期総選挙で再選を目指すことを断念したり、党首や党執行部から立候補を取りやめるように命ぜられた者もいる。しかしすぐ辞めるわけではなく、1年以内に行われる総選挙までは現職のままでいる。これには理由がある。総選挙まで残れば、国会在籍期間などから算出された退職金みたいなものが支払われるからだ。しかし今辞職すると、このお金が貰えない。これは英国民の怒りの火に油を注ぐようなもの。
この経費の不正申告は一党に限られたことではなく、英国の既成政党の労働党、保守党、自由民主党、それぞれに所属する議員が行っていたことが判明している。もちろん潔白で改革を主張していた議員もいるが、英国民の怒りは国会全体、議員全員に向かっている。そして風当たりは与党労働党に対し強く、今週の地方選挙と欧州議会選挙での惨敗が予想されている。労働党は、欧州議会選挙での得票率で、英国独立党に劣るかもしれないという世論調査の結果もある。そのためこの地方・欧州議会選挙後、ブラウン首相の責任問題となり、政情が流動化するかもしれない。
単純小選挙区制の見直しを含めて、国会改革をそれぞれの党が主張しているので、このスキャンダルの結果は英国政体の大改革となる可能性もある。英国政治は面白くなるだろうか。