9月11日から数日経ってしまったが⋯⋯世界が変わる日というのはそう多くない。中には後になってから重要性が認識されるような日もある。しかし2001年9月11日は違った。私は22歳の若造だったが、とんでもないことが起きたということ、そしてこれからいろいろと変わるだろうということは分かった。まだ20年。同時多発テロ以前から始まっていたテロとの戦いは未だ続いていて終わる気配はない。中東・北アフリカはいくつもの動乱や戦争を経て、最近ではアフガニスタンから米軍が撤退した。しかし十年一昔という。もう20年。あの日に生まれた人が20歳。そう考えると長い時間が過ぎた。多くの若い人たちにとって、9・11は遠い過去の話のように思えるだろう。
当時ニューヨークに家族が住んでいたので、同時多発テロは他人事ではなかった。私は英国時間の昼過ぎ、ロンドン都心部の大学図書館から出てトッテナム・コート・ロードという通りでこのニュースをテレビを観て知った。今は店も業種もほぼ全て入れ替わっているが、20年前、トッテナム・コート・ロードには電器店が軒を連ねていた。東京の秋葉原ほどではないが、コンピューターやテレビなどを見定めたいのであれば行くような場所。店頭にずらりと並んでいたテレビがBBCニュースに切り替えられていて、繰り返しニューヨークの世界貿易センタービルが映されていた。何らかの事故なのか故意のテロなのか不明瞭で情報が錯綜した時間があったが、続報が入ってテロであることが明らかになった。1棟⋯⋯そしてもう1棟⋯⋯崩れていく世界貿易センタービルの姿を観ながら、呆然として立ち尽くしていた。ニューヨークにいる家族に電話をしようとしても回線は何時間も繋がらなかった。無事を確認できたのは夜になってからだった。どれだけのテロ行為が計画されていたか知ることもなく、もっとあるのではないかと不安になった。もし今のようなSNSがある時代だったら、デマが広がって更にパニックになっていただろうか。
2000年の夏に撮影したニューヨーク・マンハッタンの写真には世界貿易センタービルの2棟が写っている。訪れる機会は何回かあったが、高い所があまり好きではないこともあり、結局一度も上ったことはない。
日にちを記録していなかったが、恐らく2001年の年末に撮った写真で、グランド・セントラル・ターミナルに設けられたボードに行方不明者へのメッセージや写真が貼られていた。