世の中には何事も額面通りに受け取る人と何事にも行間を読む人が存在する。何事も額面通りにしか受け取れない人に洒落や皮肉や冗談は通じない。素直と言えば素直。比喩や抽象的な表現も理解されない。ただし実用文であれば、文字通りに読めば良いはず。一方行間が読めると自称している人間は、自分は鋭い洞察力を持ち一を聞いて十を知ると自負したり、見当違いのことを真実だと思い込み陰謀論を唱えることがある。理論的に間違いを指摘されても、あるいは実際に文章を書いた人が違うと明確にしても、自分の意見を翻さない。どうしたら自身の能力に全幅の自信が持てるのか、非常に不思議だ。子貢でさえ一を聞いて二を知るくらいだったのに⋯⋯。
たちが悪いのは、ちゃんと分かっているのに、額面通りにしか受け取れない人または行間を読む人を演じる魑魅魍魎たち。そして本当に額面通りにしか受け取れない人たちやとにかく深読みする人々を対象にした記事や動画などを作成する。愉快犯なのか知名度向上や収益を目的としているのか、いずれにせよ間違った情報が広まったり誤解が生じたりする。このような人たちは何か問題が起これば
「こんな荒唐無稽なことを本気にする人間なんていない。明らかに冗談と分かるはず」
と言い逃れようとする。
今は何でもインターネットで簡単に調べられるから何も覚えなくてもよいという論もあるが、実際は逆だろう。情報過多の世界でどれが正しくどれが間違っているか瞬時に判断するのは極めて難しい。百発百中は無理だとしても、高確率で情報の正誤を見定められるのは、蓄積された知識と判断による。危険なのは一度間違ったことを信じてしまうと、都合の良い情報だけを集めるようになって、異なる情報を排して確証バイアスに陥ること。額面通りにしか読めない人や何事にも行間を読む人でなくても、インターネットで情報の取捨選択は難しい。