子供の頃から歴史が好きで、大学でヨーロッパ近世史を学んだが、他の地域や時代にも興味がある。日本史であれば戦国時代、中国史なら三国の時代。ヨーロッパ近世史については、勉強研究したがゆえに生半可なことは言えないと変に身構え、近世ヨーロッパを題材とした歴史小説・時代小説を純粋に文学作品や読み物という娯楽として楽しめない。一方ちゃんと勉強していない地域や時代であれば、深く考えず気楽にああだこうだと論ずることもできれば、小説も史実との齟齬を気にせずに読める。
三国志は馴染み深い。陳寿と裴松之の注付きの『三国志』も四大奇書の一つである『三国志演義』も。小説を読み漁ったしコンピューター・ゲームに何時間も費やした。『三国志演義』は劉備・諸葛亮に肩入れしすぎて、贔屓の引き倒しというか、話が荒唐無稽になっている。そして曹操は極悪非道の大悪人。史実は小説よりも奇なりだと思っているので、陳寿・裴松之の『三国志』のほうが読み応えがある。ここから書くことは歴史を勉強した者ではなく、単なる歴史好きの戯言。
曹操と劉備が漢中を争った際、曹操軍の重鎮の夏侯淵が劉備軍の黄忠に討ち取られた後に、曹操が長安から親征した。劉備は天険に依って固守して、両軍対峙すること数ヶ月、曹操は攻めあぐねて、結局漢中を奪取せず長安に帰還した。陳寿の『三国志』魏書・武帝記にはそれだけの記述しかないが、裴松之の注に『九州春秋』を引く形で、膠着状態のある日曹操が「鶏肋」という令を出したと記されている。鶏肋が何を意味するのか側の属官は分からなかったが、主簿という役職にあった楊修はすぐさま移動の身支度を始めた。人が驚いて尋ねると
夫雞肋,棄之如可惜,食之無所得,以比漢中,知王欲還也。
と答えた。似たように『後漢書』楊震列伝に曹操が「鶏肋」と呟き、楊修が
夫雞肋,食之則無所得,棄之則如可惜,公歸計決矣。
と理解したという記述がある。鶏肋とは鶏のあばら骨。捨てるには惜しいが食べるほどの肉はない。漢中はそのようなもの。それゆえ楊修は魏王曹操の真意が長安への撤収にあると察した。
楊修は学があって機敏だったが、あまりにも鋭かったのか、曹操から警戒された。曹丕か曹植かという曹操の後継者を巡る争いでは、敗者の曹植側の人間だったことも挙げられているが、『三国志』魏書・陳思王植伝に曹操が楊修を処刑したことが書かれている。この点で曹丕即位後に殺された曹植派の丁儀・丁廙とは違う。『三国志』魏書・陳思王植伝と『後漢書』楊震列伝に、処刑の理由として楊修が袁術の甥だったということも挙げられている。腑に落ちないのが袁術が滅んでからもう大分時間が経っていたこと。楊修は弘農楊氏の一員で、後漢では4代続けて三公の地位に就いた「四世三公」の名族。同じく「四世三公」の名門汝南袁氏の袁術の甥でもあるので、家筋では名門中の名門。名目上は後漢王朝を扶ける立場にあった曹操は、楊修のような後漢の名族を配下にして己の権威や正統性を高めたが、後漢から禅譲を受けて新王朝を樹立する準備を進める頃にそのような名族は厄介な存在になったのだろうか。これは専門家ではないから書ける無責任な憶測。
『三国志演義』では話が膨らんでいる。夏侯惇が食事中の曹操に夜間の布令に関して尋ねたところ「鶏肋!鶏肋!」という答えが。何を意味するのか、夏侯惇は分からなかったが、そのまま「鶏肋」の布令を各所に回した。楊修が「鶏肋」の文字を目にすると、さっさと退却準備に取り掛かった。夏侯惇がその話を聞いて、楊修に理由を尋ねると、上記にある説明をした。夏侯惇もおおいに納得して自分の部隊の撤収の準備を始めた。その夜、曹操は心乱れて眠れず陣を見回っていたところ、夏侯惇の部隊が退却準備に入っていたので驚いた。曹操が夏侯惇に訳を訊くと、夏侯惇は楊修が曹操の真意を汲み取ったからだと答えた。曹操が楊修を呼びつけて詰問すると、楊修は夏侯惇にもしたように鶏肋の説明をした。曹操は激怒。軍規を乱したとして、楊修を処刑して首を門に晒した。
鶏肋。たいして役に立たないが、捨てるには惜しいもの。もし捨てもせず惰性で持ちつづけるのであれば、埋没費用の誤謬に通じるところがあるだろうか。このサイト全体が鶏肋のようなものだが、もっと多くあるのが鶏肋記事。書き出したは良いが、途中で放り投げて下書きのまま燻っている記事。書き足したりもう少し練れば、載せられるかもしれないが、億劫だったり面倒くさかったり、どうも踏ん切りがつかず、そのまま放置している。時事問題を取り扱った記事は寝かせても腐るだけなので、旬を過ぎても掲載しない場合は削除するが、そうでない内容は下書きのまま溜まってきている。波があるのか、最近は何か新しく書こうとしても二の足を踏む状態。一度整理して仕上げられそうな下書き記事は仕上げて掲載して、どう考えても見込みがない記事は削除しようか。つまり仕分けをする。
鶏肋記事ではなく手羽先記事を楽に数多く書けるようになりたい。