子供の頃は歯医者に行くのが怖かった。治療に伴う実際の痛みよりもドリルの音や雰囲気が恐ろしかったのだと思う。大人になってもできれば歯医者の世話になりたくない。いつも定期検診で、問題がないように⋯⋯と願うのだが、最近小さな虫歯が見つかり、早いうちに治療することを勧められたので、昨日歯科医院へ行ってきた。別に立派な建物ではない。ロンドンに多くある一般的な家屋。
「局所麻酔はどうします?」
治療前に訊かれた。去年担当医がかわり、前の歯医者はこのような質問をせず、当たり前のように麻酔を打っていた。
「削る箇所が小さく神経からも遠いので、麻酔は恐らく必要ありません」
麻酔があってもなくても治療代は同額なので、ひょっとしたら経費を削減しているのではないか、などといういわれない疑念が一瞬浮かんだが、麻酔の注射が結構痛いので、必要ないのであれば使わない方が良いだろうと思い
「麻酔なしでお願いします」
と答えた。
「可能性は低いですが、もし痛くなったら手で合図をしてください」
そのように言われると、どのように手を動かせば良いのか少し不安になったが、ものの数分で痛みもスーッと冷たくなる感覚も覚えずに終わった。私はいろいろと鈍感なのだろう。会計時に受付担当者に
「もう終わったのですか」
と驚かれた。
抜歯の際だったか、数年前に一回だけ麻酔量が多かったときがあって、治療後にちょっとふらふらして妙な高揚感を覚えたため、待合室で数分落ち着いてから帰宅したことがあった。麻酔が原因だったかは定かではないが、薬物に手を染める人たちは、この何倍何十倍もの高揚感を得ようとしているのだろうか、などという考えがよぎったことを思い出した。