翻訳をしている時、非常に面倒臭い作業の一つに引用文の出典を探し出すことが挙げられる。実際には比較的簡単な状況なのだが、いざ説明を試みると結構難しく、上手に伝えられるか分からないが⋯⋯日本語の文書を英訳していると、文章中に和訳されているが原文が英語の引用文があったとする。翻訳者は引用部分を勝手に英訳することはできない。引用なので英語の原文を探して、一字一句正確に書き写す必要がある。元々ある英語の文章に戻すということ。誰でも知っている名言だったり、学術書で出典が明記されていたり、文章を書いた人に直接尋ねることができる場合は、有力な手がかりがある。しかしヒントがない状態だと難しい。今こそウェブでいろいろと調べることができるが、それでも全ての出版物が簡単に見つかるわけでもないし、ラジオなどの音声やテレビなど映像の発言だと出典探索は難航するし、ウェブサイトだと消えていたり更新されていたりする。
もっと困るのは原文をどうしても見つけられないとき。そんな場合があるのか不思議だろうが、例えば何年も前に日本の雑誌がA氏という人物を英語で単独取材して、内容を和訳して紙面に載せたとしよう。そのインタビュー記事でのA氏の発言を引用した日本語の文章を英訳する場合は、A氏の英語の実際の発言を探し出す必要がある。でも文章として公に残っているのは雑誌に掲載された日本語のみ。英語のインタビューの音声は記録されているかもしれないが、公開されていない。悪いことにその雑誌は廃刊となっていて、記事も記名記事ではなく、音声の記録が存在するのか、そしてあったとしてもどこにあるか分からないし、そこまで調べる時間もないうえ、A氏は故人。もし原文が見つからずに翻訳しなければならないのであれば、引用という形ではなくて、言い換え(パラフレーズ)であることを明記するのが妥当だろう。
他に引用の原語が第三の言語の場合も面倒。日本語の文章に中に和訳されているが原文はフランス語の引用があったとして、その和文を英訳する際、和訳されたフランス語の引用を英訳するというフランス語>日本語>英語の二重の翻訳をするのではなく、フランス語から英語に直接翻訳することが望ましい。しかしこれは翻訳者にとっても難しい。和文英訳も仏文英訳もこなせる翻訳者はいるだろうが多くない。すでに仏文の英訳の定訳が存在するかもしれないし、仏文和訳の時点で誤訳があるかもしれない。最初の仏文和訳で誤訳があると、引用文が文脈に沿わなくなることも。歯がゆいのは明らかな誤訳ではなくて、原文のニュアンスを汲み取れていない翻訳の場合。間違いではないかもしれないがぎこちない。
引用の原文が見つからない一番ひどいケースは捏造されたときだろう。でっち上げられたので見つかるわけがない。私自身遭遇したことはないが、聞いた話の例だと、学術翻訳の際にこのようなことがあって、かなり大問題になった。もっともらしい文献が脚注に典拠として記載されていたので、査読で引っかからなかったが、翻訳者が引用文の出典を辿ったら原文が存在しないことが明らかになった。論文を書いた研究者は、最初のうちは引用の出典を間違えたと主張して論文を修正すると言っていたが、最終的に捏造を認めたという。この研究者が書いた論文や研究発表は精査の対象になって、他にも捏造・剽窃などの行為が発覚して、相応の処分が下された。
とにかく原文が他の言語の文章を引用する場合は出典を明らかにしてほしい。