共和政ローマ時代の「大カト」として知られるマルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウスは、元老院での演説を必ずカルタゴは無くなるべきあるいは滅ぶべきで締めていたという。200年以上後の帝政ローマ時代のガイウス・プリニウス・セクンドゥスやプルタルコスの著作にその旨の記述があり、その時代には大カトの言説が通説になっていた。現在は「なお私はカルタゴが徹底的に破壊されるべきだと主張する」という ceterum censeo Carthaginem esse delendam あるいは「カルタゴ滅ぶべし」という delenda est Carthago のラテン語の2パターンで知られているが、これらは近世になってできた格言。近いのはプルタルコスにある「そして私はカルタゴが存続しないべきだと主張する」の Δοκεῖ δέ μοι καὶ Καρχηδόνα μὴ εἶναι だ。ラテン語を母語にしていた知識人層はギリシア語も解していたから、ラテン語に訳されることもなかったのだろう。英語圏では一般的に delenda est Carthago で、17世紀の第3次英蘭戦争(1672〜4年)の時に初代シャフツベリ伯がオランダのことをカルタゴに見立てて議会で使ったことから広まったという。英語の修辞の手法として、演説や会話の最後に強調するためあるいはこれまでの流れと関連性は薄いが重要なことを付け加える時に ceterum censeo . . . また「〇〇は壊滅させないといけない」と強く論ずる際に delenda est . . . が使われる。
ジャニー喜多川による長年の性虐待の実態が明らかになってから数ヶ月経ったが、ジャニーズ事務所は説明責任と被害者への補償や救済を果たすどころか、道筋さえつけていない。自浄は可能だろうか。これまでの経緯を見ればあまり期待はできない。この期に及んでも未だにジャニーズ事務所との取引を継続して、所属タレントを起用しつづけるテレビ局などメディアや広告主の企業は同類で同罪。これらの企業の理念やCSRにはどれだけ空虚な美辞麗句が並んでいるだろうか。もし他社で似たような事が起きて、ジャニーズ事務所と同じような対応をしていたら、即刻取引停止になるのではないだろうか。タレントに罪はないかもしれないが、事務所にはある。取引相手は会社組織である事務所。会社のトップが不祥事を起こしていたのを長らく隠蔽し、発覚してからも会社として不適切な行動を取り続ければ、社員に罪はなくても取引は停止になるだろう。ジャニーズ事務所と持ちつ持たれつの関係で忖度、いや諂諛してきたメディアの責任は大きく、もはや幇助犯である。本当に自社の行いを顧みて真摯に向き合っている様子はない。週刊誌など一部を除けば、どこに真実を追求するジャーナリズム精神があるのだろうか。何が社会の木鐸だろうか。ジャニーズ事務所と結託して問題の矮小化そして有耶無耶にして幕引きを図る阿諛追従の輩にしか映らない。
数日後に日本テレビ系でチャリティー『24時間テレビ』が放送されるらしいが、なんとメイン・パーソナリティーはジャニーズ事務所所属のグループだという。とても笑えないブラック・ジョーク。この番組を製作・放送するテレビ局、共演する他事務所のタレントやその他の出演者、CMを流したり協賛する企業、寄付する側、寄付を受け取る側、視聴者、関わる全ての人々はジャニーズ事務所という汚れたフィルターを通った金が動くことについてどう思うのだろうか。資金洗浄ならぬ資金汚染。ジャニーズ事務所が目論んでいるのは、共犯者たるテレビ局と番組を私物化して、慈善を謳いながら自社の評判洗浄だろう。もともとこのような番組は好みではないし、支援したい団体に直接寄付した方が良いと思うが、このようなことが罷り通るのかと呆れてしまう。ちなみに英国の慈善団体で働いている友人に、ジャニーズ事務所の諸問題を掻い摘んで説明し、『24時間テレビ』について「このような場合はどうするのか」と訊いたところ、リスク管理の観点からそのような寄付金は受け付けられないと言っていた。今の時代、タバコ製造会社はもちろんのこと、石油企業や人権や環境の面で何か問題があるとされている企業からの寄付金も受け取らないのに、児童性的虐待があって企業統治もなっていないような会社が中心となって募った寄付金を受け取ることにステークホルダーが納得するわけがない。
日本におけるビジネスと人権をめぐる問題を調査する国連人権理事会の作業部会のEOM (end-of-mission) 報告でジャニーズ事務所に触れているのは下記の部分。
Our interactions with victims of sexual harassment involving Johnny and Associates talents have exposed deeply alarming allegations of sexual exploitation and abuse involving several hundreds of the company’s talents, with media companies in Japan reportedly implicated in covering up the scandal for decades. We note that several measures have been taken by the Government over the last 20 years in relation to the prevention of child sexual abuse. However, the perceived inaction by the Government and the business involved among victims that we met in this case highlights the need for the Government, as the primary duty-bearer, to ensure transparent investigations of perpetrators and that victims obtain effective remedies, be they in the form of an apology or financial compensation. According to testimony received, doubts persist about the transparency and legitimacy of Johnny and Associates’ Special Team (or Independent Team) for investigation. We have received reports of the lack of response to victims seeking mental health consultations from Johnny and Associates’ Mental Care Consultation Desk. To comply with the UNGPs, all media and entertainment businesses must facilitate access to remedy, ensure a legitimate and transparent grievance mechanism, and establish a clear and predictable timeframe for investigations. We urge all Japanese businesses, especially but not only in this industry, to proactively conduct HRDD to identify and address abuse.
【拙訳】
ジャニーズ事務所と関連するタレントのセクシュアル・ハラスメント被害者との面談において、同社のタレント数百人が性的搾取と性的虐待に巻き込まれたという、深く憂慮すべき疑惑が明らかになったほか、日本のメディア企業は数十年にもわたってこの不祥事の隠蔽に加担したと伝えられている。政府が子どもの性的虐待防止について、この20年間にいくつかの措置を講じてきたことに留意する。しかし面談した被害者に政府およびこの件に関わる企業[ジャニーズ事務所]は不作為に映り、政府が[権利保有者を人権侵害から守る]主たる義務履行者として実行犯に対する透明な調査を保証し、謝罪なり金銭的補償なり被害者の実効的救済を確保する必要性を示している。証言によると、ジャニーズ事務所の特別チーム(または独立チーム)の調査について透明性と正当性に疑念が残っている。ジャニーズ事務所のメンタルケア相談室による精神衛生相談を希望する被害者への対応は不十分だとする報告もある。国連『ビジネスと人権に関する指導原則』[UNGPs: UN Guiding Principles on Business and Human Rights]に準拠するよう、すべてのメディアとエンターテイメント企業は救済へのアクセスを容易にし、正当かつ透明な苦情処理の仕組みを確保し、明確かつ予測可能な所要期間枠での調査を確立しなければならない。我々は殊にこの[エンターテイメント]業界、しかしそれのみならず全ての日本企業が、能動的に人権デュー・ディリジェンス[HRDD: human rights due diligence]を行い、悪影響を特定して対処するよう呼びかける。
ジャニーズ事務所は最低限として速やかに
【1】被害者への謝罪と補償
【2】ジャニー喜多川のよる性的虐待の全貌となぜこれまで明るみに出なかったのかの真相究明
【3】全役員の解任
【4】具体的で組織として明確な再発防止
をしなければならないだろう。透明性・中立性・正当性・信頼性などを保証するため、国連人権理事会作業部会が提唱したように、ジャニーズ事務所が委託するのではなく、公的機関が調査すべき。
芸能には人を楽しませ心を豊かにし夢と希望を与える力がある。搾取や虐待やその心配をせずにタレント活動できる社会と制度を作らなければならない。所属タレントが活動を続けられるよう、他事務所や何らかの機構が受け皿になる必要が生じるかもしれないが、現在の形の企業としてのジャニーズ事務所は滅ぶべき。滅びなければならないし、滅ぼされなければならないし、滅ぼさないといけない。
Ceterum censeo societatem Johnny & Associates esse delendam. Delenda est societas Johnny & Associates!