もう平昌五輪が閉幕してから一週間以上経って、パラリンピックが始まるところだが⋯⋯。
平昌五輪で時間的に最も視聴したのはカーリング。英国在住のため放送されるのは英国の試合だった。英国チームにはメダルが期待されていたこともあって、ほぼ常に生中継されていた。時差の関係で観られる試合は現地時間の朝と夜の試合。現地時間の昼は英国時間の早朝で生で観ることができなかった。確かバンクーバー以降だと思うが、BBCのウェブサイトでは多くの動画を観ることができたのが、今回は総集編などが多く、種目や試合を単体で観ることができず、結局日本チームが出場する試合を全部観戦できたのが3位決定戦。
カーリングは感情移入しやすいスポーツかもしれない。理由の一つとして、ジャンプやそり競技に比べれば、「自分でもできそう」と思う人が多いからだろうか。そして大会中何回も何時間と観戦するから。時には1日2試合で計5時間ほど選手と共に一喜一憂する。マイク装着で会話に耳を傾けることもできるのも要因だろう。チームの人数も氷上では4人なのでメンバー一人一人を知ることになる。
BBC実況担当は元陸上選手で1984年ロサンゼルス五輪1500メートル銀メダリストのスティーヴ・クラム氏で、解説者は2002年女子カーリング世界選手権優勝チームのスキップだったジャッキー・ロックハート氏。二人とも落ち着いた口調で英国を一方的に応援するのではなく的確に実況・解説する。クラム氏は「素人の目」からロックハート氏に戦術や展開について説明を求めて、カーリングについてあまり詳しくない視聴者にも分かりやすいような配慮。時々ジョークを言い合ったりして、和気藹々としていた。
絵になるからだと思うが、笑顔の藤澤五月選手と吉田知那美選手がよく映し出されていた。試合の途中、藤澤選手の笑顔がアップで映ると、クラム氏は「あの良い笑顔をご覧ください」とコメント。日本では「そだねー」が流行っているが、クラム氏は吉田知那美選手の発する「ナイス!」を甚く気に入っていた。本当に競技を楽しんでいるように見えた。それがまた多くの視聴者を惹きつけたのだろう。カーリングのチームはそれぞれで、スキップが判断して指令を出すタイプもあれば、合議型のチームもある。日本は後者であり、ゆえに選手同士のコミュニケーションが不可欠となる。長い試合に見えるが、状況を把握して、どこにストーンをどのウェイトとラインで投げるか考えないといけない。氷を読んで、いつどの速さと強さでスウィープするか、ストーンが動いているうちに判断しないといけない。だから実際にはあまり時間がない。どこが良くて、どこを改善しないといけないのか、次のストーンに繋がるように常に会話をしていた。みんなが意見を出していた。そこで「そだねー」の一言で、前の発言者の言わんとすることを「理解」してそれに「同意」する、という重要な二点を他のメンバーに簡潔だが明確に伝えていたのではないか。
英国チームで一番喜怒哀楽が顔に出るのは恐らくサードのアナ・スローン選手。瞳が大きくショットが上手に決まると満面に笑みを湛える。失敗するといかにも落胆したような表情になる。試合が厳しい状況になると、もの凄く集中している顔になる。英国の試合状況はスローン選手の表情を見れば大体分かると言ったら大袈裟だろうか。スキップのイヴ・ミュアヘッド選手は2010年のバンクーバー大会では自分の失敗に苛立ってブラシを壊すという行為もあったが、今はどちらかというと冷静沈着で決断型であり、特に良いショットを決めるとちょっとはにかむような笑顔になる。
試合は両チームとも自分らしいカーリングができないややもどかしい展開だった。メダルがかかる試合ということもあっただろう。勝ったチームにはメダルが授与されるが、負けたチームは手ぶらで帰国する。金メダルと銀メダルの差と銅メダルとメダルなしの4位の差、どちらが大きいだろうか。この試合では両チームともセカンドの選手のショット成功率が低く、思うようにエンドを進めることができなかった。カーリングの基本作戦は、後攻の時は複数得点を狙い、先攻の時はスティールを狙うか後攻のチームに1点を取らせるところにある。後攻は有利なので、もし複数得点が難しいときは無得点(ブランク=空白)にして後攻を維持して、次エンド再度後攻で有利に進めようとする。接戦の試合後半になると、偶数エンドでの後攻が重要になってくる。
第5エンドまでは毎エンド後攻のチームが1得点。第1エンド、後攻の英国はブランク・エンドにしたかったが、最後のストーンでハウス内にあった日本のストーンを弾いたあと、投げたストーンがハウス内に残って1点。英国としては1点しか取れなかったことになる。日本後攻となった第2エンドは、藤澤選手の2投目を迎えて英国のストーンがハウス内に2個あったので、ドローで1点を取らなければならなかった。英国後攻の第3エンドは第1エンドと似たようになって、ブランクにするところが1点を取ってしまった。日本後攻の第4エンド、最初のストーン9個の後の図を見直したらかなり英国有利に見えた。しかし吉田知那美選手がダブル・テイクアウト(1回に2個のストーンを弾く)を2回決めたこともあり、ハウス内にストーンがない状況でスキップの各2投という場面。ハウスの前にストーン3個。英国スキップ・ミュアヘッド選手はハウスの前中央のストーンにほぼ完全に隠れるドロー。でもティーライン(ハウスの中央を横切る線)の後ろだった。続く藤澤選手は英国ストーンに僅かに当たるドローを決めてハウス中心に一番近いストーンとなった。ミュアヘッド選手もドロー。だが藤澤選手のストーンの上外側になって、藤澤選手の1投目がハウス中心に一番近いまま。藤澤選手は2投目のドローでハウス中心を狙い2得点を目指したが届かず、1点。英国後攻の第5エンドは16投全部終わったあと、ハウス内に6個のストーンがあったが、結局英国の1点。
休憩後の第6・7エンドは日本後攻だったが、複数点を取れる形にもっていけず、ブランク・エンドが続く。第8エンドを迎えて日本は2:3と1点リードされていた。作戦としてはこのエンドで複数点を取ることが基本となる。そうすればリードして、第9エンドには英国に1点取らせて、最終第10エンドに後攻で得点して勝つか、第9エンドにスティールして点差を広げて、第10エンドで英国を1点に抑えることが可能となる。もし第9エンドがブランクになって第10エンドで追いつかれても延長エンドでは有利な後攻になる。もしこの第8エンドで1点だと同点になり、英国は第9エンドで複数得点して第10エンドで日本を1点に抑える、または第9エンドをブランク・エンドにして第10エンドで有利な後攻で得点するという作戦がある。そして第9エンドで1点のスティールを許しても第10エンドでは複数得点が狙える後攻。このエンド最後のストーン、つまりスキップ・藤澤選手の2投目のとき、ハウスの端には日本のストーン1個と英国のストーンが2個。一番中心に近いのは英国のストーンで、二番目はどちらか微妙。藤澤選手はここで日本のストーンをハウス内にされに押して、投げたストーンもハウス内で英国ストーンよりも中心近くに入るデリケートなショットを試みた。ハウス外のストーンをハウス内に押すことには成功したが、放ったストーンは真っ直ぐに当たったため、ハウスには入らず、1点。第8エンドを終えた時点では英国有利な試合状況。
英国後攻の第9エンド、サードのストーンの後、英国は2得点の流れになっていたが、ミュアヘッド選手の1投目でストーン内にあった日本のストーンだけではなく、英国のストーンも弾いてしまった。藤澤選手の2投目がハウスの前にあった英国ストーンの後ろに隠れるように曲がった。同点で得点可能なのは1点なので、ミュアヘッド選手は最後のストーンをハウス手前の英国ストーンに当てて、そのストーンが藤澤選手の放ったストーンを弾き出して、ブランク・エンドにするつもりだったが、外れて日本が1点スティール。日本が1点リードしている状態で第10エンドに突入。英国は後攻なのでこの第10エンドで1点を取れば延長エンドになるが、もしそうなったら延長エンドで先攻つまり不利となるので2得点を狙うのが常道。日本は1点取られても延長エンドには後攻となる。2点以上取られてしまうと負ける。日本のサード・吉田知那美選手がハウス内8フィート円内(英語では単数フットで eight foot と呼ばれる赤と青の円の間にある白い部分)前方ほぼ中央にストーン1個、そしてほぼ直線上のハウス前方にガードを配置した。英国のサード・スローン選手は2投目をハウス中心に投げた。ティーラインのやや後ろで完全に日本のストーンには隠れていなかった。藤澤選手の1投目はハウス中心を狙ったが8フィート円内の日本のストーンに当たったが、英国ストーンの上に位置に。ミュアヘッド選手の1投目は藤澤選手が投げたストーンをやや押すかたちとなり、ハウス中心に一番近くなった。ここで日本としては英国を1点に抑えることが最重要課題。しかし藤澤選手の2投目をどこに置いても、完全に英国の2点を防ぐことはできず、もし英国が完璧なショットを決めれば負けてしまう状況だった。結局4フィート円内(中心に近い赤い円)で8フィート円内のストーンの後ろ、先にミュアヘッド選手が投げたストーンの隣を狙ったが、8フィート円内のストーンに当たってしまった。この時点で英国の1得点。英国は1点を取るか、2点を狙うかを選択する立場。英国は2点を狙った。順当な判断であり、そのストーンを投げるのがスキップとしての役割だあろう。藤澤選手の2投目はほぼ完全に見える状態。玉突きで日本のストーン2個を弾き出して、ミュアヘッド選手の1投目、それにスローン選手の4フィート円後方の英国ストーンで合わせて2点という計算。だが数センチメートル逸れて、日本のストーンをきちんと捉えることができず、ハウス中心に残ったのは日本のストーンだった。日本が銅メダル獲得。
日本が勝って素晴らしい銅メダルを獲得できたのは、要所要所でサード・吉田知那美選手とスキップ・藤澤選手がショットを決めたところにあるだろう。一投一投0・25・50・75・100点で評価されるこの試合でのショット成功率を見ると、吉田知那美選手の85%に対してスローン選手81%、藤澤選手の83%に対してミュアヘッド選手65%だった。ミュアヘッド選手の大会を通してのショット成功率は75%だったので、この試合では不調だったことが窺える。そしてなによりも最後のストーンを含む7回のイン・ターン(ミュアヘッド選手は右利きなので時計回りの回転で投げるストーン)のテイクアウト・ショットが43%と低調だったのが勝敗を決した。他のショット成功率が75%かそれ以上だったのに、この種類のショットだけ最後まで修正できることができなかった。
【蛇足】
ちなみにカーリングのスコットランド選手権は平昌五輪中に行われた。五輪ではスコットランド代表が英国代表を兼ねている。五輪以外の国別対抗戦ではスコットランド代表として臨む。近々開催される世界選手権の出場権をかけてスコットランド・カーリング選手権優勝チームと五輪チームが対決した。先に2勝したチームが出場権を獲得する形式。五輪代表だった男子のチーム・スミスは1勝2敗、女子のチーム・ミュアヘッドは0勝2敗でスコットランド選手権優勝者にそれぞれ負けた。平昌から帰国で1週間もしないうち、それもメダルを勝ち取れなかった失意の中、難しいものがあったのかもしれない。