翻訳者の仕事は、いかに原文を忠実に、そして読みやすく、訳語で表現できるかにある。しかし、時として、翻訳ではなく、コピーライターの仕事になってしまうことも。これは、狭義で広告文を作ることではなく、広義で例えば会社や組織の標語となるような短い文を作る場合のことで、翻訳者として訳文をしっかりと訳語の地域に合わせて理解されやすくする、その場その時に合わせる「ローカリゼーション」とはちょっと違う意味合い。
結構大きな会社や組織でも、原語では時間と経費をかけて作成しただろう標語の定訳を設けず、翻訳者に任せるということに遭遇した。こうなると依頼主に幾つかの翻訳案を提示するが、企業や組織の理念をしっかりと汲み込み、市場を知悉し、どのような表現や言葉にすれば、うまく人々に訴えることができるのか、広義での「ローカリゼーション」戦略の一環となり、翻訳という枠を超えるより大きな仕事だと思っている。市場によっては、訴求する相手や価値観も違ったりするので、強調する部分が異なったりすることもある。それは翻訳者の一存で決めるべきような事柄ではないはず。
たとえ翻訳だけでも、語呂合わせやダジャレや擬声語や原語の地域でしか通用しないような比喩があったりすると、頭を抱えてしまう。何せ、単語毎で翻訳すると、言語としては正しくとも、インパクトに欠けてしまうから。そして謳い文句にはインパクトは必要。もちろん翻訳者でも上手なコピー作成者が存在するし、共に言葉をどのように扱うかが職の中心にあるが、それでも翻訳とコピーライティングは違う専門職だろう。
翻訳、コピーライティング、ローカリゼーション、重なる部分は多いが、翻訳者だからと言って、必ずしも俯瞰する立場にあるローカリゼーションができるわけでもないし、素晴らしいキャッチコピーを作ることができるわけでもない。また逆も当然のように成り立つ。言語ができるコピーライターが、必ずしも良い翻訳者であるということでもない。