東北地方太平洋沖地震と菅首相

2011年3月17日

政治家の真の指導力は危機が訪れないとわからない。東北地方太平洋沖地震から1週間経とうとしていて、被災者には物資が届かず、福島第1原発も依然非常に危険な状態が続いている。菅首相に批判されて然るべきところは多くあるだろう。特に情報の開示の不備および後手後手に回る対応は、状況に振り回されている印象を与える。つまり状況を把握して1日2日先のことを考えて行動しているのではなく、何事も半日1日遅れていると表現すればよいだろうか。でも首相の判断や認識が全て間違っていたというのも酷であろう。あえて評価しうる点を探ってみたい。

まず自衛隊「10万人」投入は、政治的パフォーマンスの面もあるが、方向としては正しかったと思える。災害直後の救助活動、そして被災者支援のためには、やはり組織力のある自衛隊員は多い方が良い。そしてこれは国が全力をあげて災害にあたるという意思を強く表した。突飛に出た話で事実上の自衛隊総動員とも言われるが、自衛隊は「やれ」と命ぜられたらやる。文民統制そして指揮系統を遵守することは民主主義国家の軍隊では隊員に叩き込まれているし、隊員も与えられた仕事をこなすことに専念する。ここ最近の活動を見たあと、自衛隊員のプロ意識を疑う人は少ないはず。問題はもちろんただ単に人数にだけ目を配るのではなく、どれだけ有効に自衛隊が使われているかということ。首相は細かいことではなく、優先順位を決めて大きな目標や方向を示すことが大切。有能な人材を適所で使いこなせていたかという点には、現在の物資流通に問題があることを考えれば、大きな疑問が残る。

そして福島第1原発問題でも首相の認識は正しかったらしい。ただ行動には出なかった。首相に批判的な立場で知られる産經新聞に興味深い記事(「東電のバカ野郎が!」官邸緊迫の7日間 貫けなかった首相の「勘」 またも政治主導取り違え)が掲載されていた。「まず、安全措置として10キロ圏内の住民らを避難させる。真水では足りないだろうから海水を使ってでも炉内を冷却させることだ」という「意向」を首相は東京電力に伝えたようだ。しかし11日午後4時台の1・2号機における冷却装置注水不能という通報と、11日午後9時23分に出された半径3km圏内の住民に対する避難指示発令の間に、東京電力が「激しく抵抗」して、結局首相が折れたということらしい。首相には原発に関する知識はあるし、国民の生命を守るという観点から安全策の10キロ圏内の住民の避難および海水による原子炉冷却は妥当であったし、指示しようと思えば原子力災害対策特別措置法に基づき指示できたはず。それなのに、なぜ行わなかったのか。想像するしかないが、東京電力の説明に説得力があったのだろう。一般的に理系の人は合理的でデータに裏付けられた情報を信用する。たとえば根拠も訊かずに「大丈夫です」という言葉を信じたのであったり、「廃炉になるのでできません」という説明で納得したのであれば、判断を誤ったことになるが、東京電力の誰が総理にどのような内容の説明を11日の時点で行ったのか、早急に公開すべきだ。なにせ、このような場合は最悪の事態を想定して早めに対応するのが大前提であり、それを覆すにはそれなりの理由があったはず。

まだまだ危機は続く。被災者支援、福島第1原発、円高、国の命運がかかる諸問題にて首相は厳しい判断をこれから何回も迫られるだろう。この次、そしてその次、どのような理由をもってある判断を下したのか、包み隠さず説明し、将来への道程を示して欲しい。

(蛇足)もし11日午後の時点で、首相が10キロ圏内の住民の避難指示と海水注入の指示を決断し、今回の事故が起こらず福島第1原発1〜3号機が廃炉になったとしたら、首相は今頃産經新聞などに説明も聴かずに過剰に反応したなどと散々叩かれていることだろう。しかしそのようなことができる人こそ指導力を持ち合わせていると言って良いのかもしれない。