翻訳あれこれ

固有名詞

固有名詞を音訳するのは難しい。地名にしろ人名にしろ、読み方が分からずとも漢字で済む場合は楽だが、そうでなければ、カタカナ表記にするか、それとも原語のままにするか、どちらかとなる。多くの翻訳の案件では、発注した側が指定する。原語ではなく、カタカナ表記となると、かなり面倒なことになる。日本語にはない発音だと、どのカタカナを当てるか選ばなければならないし、無理に発音に忠実に表そうとすると、視覚的つまり読んでいるときに「非常に難しい名」と映ってしまうだろう。

地名は大都市や有名な場所であれば大抵定訳があるが、それ以外は原則的に原語に近い表記となる。定訳といっても、恐らく日本語でしか存在しない地名がある。例えばオーストリアの首都「ウィーン」とポーランドの首都「ワルシャワ」。ウィーンは独語の Wien を読んだのだろうが、独語の発音に従えば w は英語の v にあたるので、「ヴィーン」となる。ワルシャワはポーランド語の Warszawa を音訳したのだろうが、独語同様ポーランド語では w は英語の v にあたり、「ヴァルシャーヴァ」となる。また原語で、標準と捉えられている発音と、地域の発音に差がある場合はどうだろうか。英国北東にある Newcastle は、現地の発音に従えば「ニューカッスル」が近いが、南イングランドの発音であれば「ニューカースル」となる。上記の場合は、ウィーン、ワルシャワ、ニューカッスルが定着しているので、変える必要はないが、もし小さい町の名前だらどのように訳すべきなのか、迷うことも。

また実際の発音と乖離した例も多くある。人名を例にすると、ポーランドの大統領だった「ワレサ」氏の名前は、実際には「ヴァウェンサ」の方が近い。著名人であれば、新聞や官庁や学界のサイトに、音訳の例があるかもしれないが、そうでないともう当てずっぽうのところがある。殊に問題となるのが、どのように実際に名前が発音されているか、分からないとき。例えばポーランド系米国人の名前だったら、ポーランド語の発音なのか、それとも英語の発音なのか、文章だけでは見当もつかないし、本人に確認できるわけでもない。

そして、ローマ字以外の地名人名となると、お手上げ状態になることも。キリル文字は読めるが、ロシア語では、どこに強勢があるのか、分からない。でも、一般的には強勢を無視し、またヴをウとして表記しているよう。そのため、首都は「マスクヴァ」ではなく「モスクワ」で、文豪「タルストイ」ではなく「トルストイ」となっている。しかし、アラビア語だったりすると、もう完全に分からない。アラビア語ならば、日本語に音訳するとき、亜文和訳に携わる翻訳者ならば誰でも知っている慣例というかルールがあるだろう。でも、そんなことは英文和訳を行う翻訳者は知らないし、その知識があったとしても英文の中に出てくるアラビア語の地名人名をローマ字からアラビア文字に変換して、原語であるアラビア語から日本語に音訳することは、恐らくできないだろう。

さて、今度はどのような固有名詞に遭遇するだろうか。